2012年1月18日 (水)

三木城攻め終結の日

 天正8年(西暦1578年)1月17日、織田氏の羽柴秀吉による三木城攻めが終結した。天正6年3月に三木城の別所長治が離反、毛利氏に味方し、三木城に篭る。以来、三木の干殺しと言われる篭城戦となった。天承8年のこの日、別所長治の切腹で幕を閉じた。

 宮下英樹の『センゴク天正記』では、播州人の鉄血の気質が強調されている。章ごとに着目する視点を何か決めて話を進めるストーリー展開を採用しているようで、播磨攻略においては「鉄血」が採用されたようにも思う。先祖を播州人に持ち、今も播磨に親戚がある身にとっては、「鉄血」に対しておやっという気がしないでもない。が、戦国期の別所一族だけでなく、『センゴク天正記』にも登場する後藤基次(又兵衛)や黒田武士の由来となった母里友信(太兵衛)、この時代をさかのぼれば赤松一族など、確かに「鉄血」もさもありなんとも思う。また、現在でも播州の秋祭(別に秋だけではないが)などを見ると、そういうところに「鉄血」が受け継がれているのかもしれない。播磨一円に広がる大型の屋台が繰り出される祭は、その発生や広がり、その分布などにおいて非常に興味深いものがある。神輿が巨大化したような屋台を担ぎ上げる祭の分布の広さを考えると、播州の祭と総称されても良いし、個々の祭がこれだけの規模で分布してる点はあまり他に例を見ない。やはり播磨は「鉄血」もしくは「熱くなる」土地なのだろうか。
 また逆に、戦国期においての他国からの侵略者に対する激しい抵抗は播磨だけではないこや、現在でも血沸き肉踊る祭が全国各地にあることを考えれば、「鉄血」は播磨の専売特許でもあるまい。濃淡があるだけだろう。

 司馬遼太郎の先祖は、三木に篭城した一人らしい。本名の福田も、本願寺門徒ゆえの名字である。この戦の後、今の姫路市に当たる地域で農民をしたらしい。播磨ではこの三木の戦の後に足軽なりの武家働きの方へ進むか、それとも地付きの農民の道を選ぶかの選択が、多くの人の中であったのだろう。前者はそのまま羽柴秀吉の寄騎の武将の配下になり、その後各地を転戦したかもしれない。後者はそれぞれの土地で過ごしたことだろう。私の先祖は江戸時代は播磨の大庄屋の一人であったが、門徒でもないし、どうやら三木に篭城した中にはいなかったようだ。播磨に多くいたただの小さな土豪の一人だったのだろうが、後者の道を進んだようだ。

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SPEEDI情報 米軍に提供

東京電力福島第一原子力発電所の事故原因を究明する国会の「事故調査委員会」は、初めての本格的な質疑を行い、参考人として招致された文部省の担当者が、放射性物質の拡散を予測する「SPEEDI」と呼ばれるシステムによる予測データを、事故の直後に、アメリカ軍に提供していたことを明らかにしました。(2012/01/17 NHK

 事故の直後にアメリカ軍に提供、しかしアメリカ軍の支援は拒否し、自らはヘリで視察に行きすべての対応を遅らせる。記事では「原発事故の対応にあたった菅前総理大臣や枝野経済産業大臣の参考人招致について」は検討事項に入っているとしてるが、厳しく追及してもらいたい。
 それにしても参考人として招致される二人を始め、欺瞞に満ちたかの政党の連中にはもういい加減にしてほしい。全国民に対して懺悔と謝罪をしてもまだ足りない。

 また、このニュースってNHKが0時7分に流して以降半日以上も他の大手マスメディアで取り上げていないようだが、どうしてなんだろう。

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2012年1月17日 (火)

禁酒の日

 1920年1月16日に米国で所謂禁酒法が施行されたことから、1月16日を禁酒の日としたらしいが、いつ誰が決めたのかは不明。またどこの国で認知されているかも不明。因みに酒業はマスコミの大手スポンサーなので、あまり話題になることも無い。

 19世紀よりいくつかの州で禁酒法が実施されていたが、1917年にアメリカ合衆国憲法修正第18条として連邦議会を通り、1919年1月16日にこの修正条項が成立し、その翌年から施行された。禁止されたのは、酒(飲むためのアルコール)の製造、販売、運搬などで、自宅内の飲酒は禁止されなかった。結局は、地下にもぐりこみ犯罪組織を助長し、犯罪を増加させ、1933年に廃止された。
 宗教的思想(ピューリタン)が深く影響しているとは言え、近代民主主義国家でこのような法律ができてしまったことは、ワイマール憲法から独裁国家が生まれたことと共に、忘れてはいけないことなのだろう。

 今も主に南部で酒に対する規制が厳しいエリアがある。この南部で禁酒法の時代を舞台にした『俺と悪魔のブルーズ』という漫画は楽しみにしていた作品だった。ロバート・ジョンソンを想起させる主人公のRJは、夜間に十字路で悪魔と取引をしてギターの腕を手に入れた。所謂クロスロード伝説が下敷きになっている。フィクションではあるが、当時のアメリカ南部の空気が感じれらる作品だった。RJのその後が気になるが、単行本4巻で途切れてしまっている。永井ホトケが絡んだからかなぁ、、、ってひそかに思ったりして、、、。

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2012年1月14日 (土)

たばこの日

 1月13日は「たばこの日」ということらしい。しかし、JTのトップページには今日そのような記載は無かった。JTのサイト内にはたばこWebサイトというのがあるが、登録が必要なので見ていない。
 1946年1月13日にピースが発売されたことから「たばこの日」ということらしいが、誰がいつ決めたのかは不明。ピースという銘柄はいかにも終戦後に似つかわしい名前だが、それ以前の1920年にも発売されている。欧州大戦(第一次世界大戦)終結後の平和ということらしい。その後販売されなくなったようで、装いも新たに第二次世界大戦後に登場したということだ。その装いというにも、鳩がオリーブの葉をくわえているというもので、当時日本からは破格のデザイン料を支払ったらしい(デザインしたアメリカ側は逆の意味で破格だったようだが)。
 JTでは20本1000円の『ピース史上最高傑作のシガレット「The Peace(ザ・ピース)」』というのを2月上旬より発売するらしい。現在の一般的な価格の倍以上だが、たばこは今後も増税対象商品として高額化していくだろうから、そのうち喫煙者はステータスになるかもしれない。高額所得者かつ高額納税者ということだ。

 子供の頃、フィルター付きのピースを親父が吸っていた。学生時代に、缶ピを吸っている学友がいた。試しに吸ってみたが、最初の一口目がとろっと美味い印象がある。しかし日常的に吸えないなとも思った。印象としてはそれよりも、こめかみに白い膏薬の絆創膏を付けたタバコ屋のばあさんが、親指と人差し指ではさんで吸うというのが似合っている。

 「タバコノヒ」と音で聞くと「たばこの日」よりも「莨の火」を想起する。五代目の桂文枝師匠の名演が心に残る。文枝師匠は女性を演じることをよく評価されるが、この「莨の火」の飯の旦那や、「鍬潟」の主人公などの屈託の無い明るい演技もなかなか良い。

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2012年1月10日 (火)

東京都府中市 心蕎人さくら

 蕎麦はこだわりの食べ物である。勝手にそう思っている。が、私はそのこだわりはほとんど持ち合わせていない。漫画『そばもん』を連載で読む程度で、しかもいちいち覚えていないから、更科系がどんなのかも覚えてないし、汁についてどうとか、打ち方がどうとか、通人ぶった人が語るようなものは持ち合わせていない。

 私にとって蕎麦とは、私にとって美味いか不味いかしかない。
 とは言え、東京で食べるに値するようなうどんが手頃な価格で出されることはとっくの昔に諦めているので、良い蕎麦屋というのはありがたい存在だ。

 以前より店の存在は知っていたが、昨年末にふらっと行ってみた。
 入り口のドアにしろ、入るなり蕎麦を打っている姿が見えるなど、店に入るなりこだわりを感じてしまう。店内の置物や張り紙(本日は○○県産のそば粉といったもの)にもこだわりを感じつつ、これまたこだわりを感じる真空管アンプの横の席に着いた。MP3で音楽を聴くことも多い私にとっては、そのこだわりすらも持ち合わせていない。

 せいろを頼む。
 細めの箸ではどばっと蕎麦を持ち上げることも自然と遠慮がなされるようで、それすらもこだわりなのかと思ってしまう。そしてなぜか、私の場合は蕎麦を食べる時は背筋を伸ばしてしまう。背筋を伸ばして、汁の中に麺を全ては浸けない程にして、一気にすする。その程度の食べ方しかできず、恐らくは通人ぶった人からは「見てらんねぇ」などと斜めを向いて溜息混じりに言われそうなものだと思う。しかし心の中では、もっと蕎麦を汁に浸けないと心許ないなという気持ちと、それでは汁の味が舌を刺激しすぎるという葛藤の中で、蕎麦を食べている。蕎麦の先にだけちょっと汁を浸けるんだというような芸当は、こういう食べ方を素麺で会得してきた関西人にとっては、どうも心許ない。そして頭の中では、柳家小さんが言ったという「あー、一度でいいから蕎麦を思いっきり汁に付けてみたい」というエピソードがよぎってくる。
 そんなことを考えつつも、蕎麦の方はすっと胃の中に消えていった。

 蕎麦湯を飲む際も、右手を器の底に添えて、背筋を伸ばして飲む。
 この店で、美味い蕎麦湯というものを初めて口にしたのかもしれない。これまで特に有名店に行ったわけでもないので、ありきたりの茹で汁ばかりだったが、この店の蕎麦湯は違った。とろみがある本当の茹で汁だった。
 蕎麦も蕎麦湯も美味しかった。
 そうか、蕎麦を汁にあまり浸けないで食べるのは、もしかしたら蕎麦湯をじっくりと飲むためなのだろうかとも思った。今度試してみよう。

 店内に置いてある雑誌で、林望氏お薦めの蕎麦屋だと知った。どうやらこの近所にお住まいだそうだ。今度氏の本でも読んでみよう。

 それにしても、都内には蕎麦の名店なんて呼ばれる店がいくつもあるにもかかわらず、そういうところに行く機会がトンとなかったなぁといまさらながらに思ってしまった。ここのせいろは700円。その程度で美味い店をまた探してみようかな。

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世界最初の地下鉄開業日

 1863年1月10日、ロンドンで世界初となる地下鉄が開業した(前日が開業日で10日が営業開始日とも)。パディントンとファリンドンを結ぶ区間で、現在もサークルラインの一部を担う路線である。
 1863年は、日本では文久3年(旧暦なので、当時の西洋の1月は日本の文久2年に当たる)である。幕末の風雲急を告げる時勢の中で、この年に新撰組が結成され、そして奇兵隊も結成されている。米国では南北戦争のさなかで、この年の1月1日に所謂奴隷解放宣言が発布されている。
 当然日本にはまだ鉄道も無いが、鉄道発祥の国では都市内部の鉄道敷設手段として、地下鉄が現れた。まだ電車も無く、蒸気機関車が牽引したが、そのため全路線が完全な地下ではなく、開削されている場所もあった。ストリート芸人に厳しいロンドンで、当時もし春日三球さんがいて「最初の地下鉄はどうやって地下に車両を入れたんでしょうねぇ」と言っても、空が見える駅があるのでまったく受けなかったかもしれない。

 ロンドンの地下鉄はゾーン別の料金となっていて、しかも非常に割高感がある。とは言え最近の円高でポンドも大分安くなっているので、それほどでもないかもしれない。旅行者はゾーン1・2のトラベルカードを使えば、1枚のチケットで主要なロンドン市内を地下鉄とバスに電車(あまり乗らないが)を使っていくらでも移動できるので、非常に便利だ。その点東京なども観光都市を標榜するのなら、見習った方がいいのではないか(これは都営とメトロに分かれていてもできるのでは)。

 鉄道発祥の国英国では、ロンドンと他の地方を結ぶ線はロンドン市内に点在する各ターミナル駅から発車しているが、地下鉄はそれらのターミナルを結びつつも、特に相互乗り入れなどをしているわけでもなく、独自の路線網がほとんどだ。そういう点では、東京の都市鉄道網はロンドンだけでなく世界の多くの大都市の鉄道網と大きく異なる点がいくつかある。ひとつには他の地方と東京とを結ぶ路線の発着駅が点在しているのではなく、つながりあっていることであり、そして郊外型の路線が地下鉄と相互乗り入れを実施することによって、つながりあっていることである。国鉄として整備していったことと、地下鉄路線網も国が肝煎りで推進していったことが大きい。とは言え、東京から西に向かう新幹線と北に向かう新幹線は、電気の周波数が違うから乗り入れは無理なんだろうなぁ。

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2011年12月 4日 (日)

富樫倫太郎 堂島物語 1~4

 江戸時代半ばの享保年間の大坂堂島での米仲買人の世界を舞台にした小説。
 堂島の米問屋の丁稚となった小作人のせがれ吉左を主人公にして、心地よいテンポで話が進む。登場人物の設定について都合が良すぎるきらいがないではないが、ストーリー展開の良さを優先させたと理解している。
 舞台は米の先物取引を行う商人の世界だ。直取引のリスクヘッジ手段としての先物取引だが、何も難しい話になっているのではなく、登場人物の解説役の台詞が読者の理解を促すような構成となっている。その点うまく考えながら書いているなという印象を受ける。
 江戸時代の商家の状況、丁稚の日常、米取引の現場、日仕舞い取引でのスリリングさ、こいさんとの仲、小作人の生活、そして米仲買人としての大取引などなど、一人の主人公の半生として一気に文庫本4冊を読み通してしまう面白さがあった。
 また、江戸時代が進むにつれて武士が生活に困ったという話は教科書などに書いてあるだろうが、なぜそうなったのかという点についても、物語の中ですんなり理解できよう。

 堂島の米相場師を「ジキ」と言い、例えば落語の『冬の遊び』『住吉駕籠』『米揚げ笊』などに登場する。漢字では「直」と書いたそうだ。この小説ではジキという言葉は登場しないが、後に落語に登場するようなジキを生む堂島米会所の開設の前後の物語だ。米会所の設立の紆余曲折や幕府と江戸商人などの政治的な動向については、この小説では触れられていない。それよりも米会所と先物取引の必要性がなんとなくマクロな視点で理解できるような話がちりばめてある。
 そしてジキは米朝師の『冬の遊び』によれば、「ひと晩で大分限が出来上がるかと思うと、百万長者が乞食同然になったりする。恐い。日本国中の米の値段を大阪の堂島で決めてた時代、威張ったもんですなぁ」という存在だ。従って、この小説は主人公吉左の出世物語となる。逆に出世後にもしかしたらあるかもしれない、ジキとして落語の『冬の遊び』のように新町で大きな遊びをするような話は、ない。
 今ではこの米相場も無く、「聖域」となってしまった日本の米はどこの米でも標準米は同じものという建前だが、吉左の時代では当然、産地による品質の違い=値段の違いがあった。また、今も戦後JAと農水省が作ってきたこの「聖域」を侵すことはいけないようで、こと米に関しては吉左の時代の方が現在よりも米の重要度は多くの人間にとって高かったにもかかわらず、現在よりもより自由主義的で資本主義的であったとも言える。そして面白いのは、「米を守る」という時代は米の生産量が落ちていった時代で、米の取引所があった時代は米の生産量が上がっていった時代だ。今も「米を守る」という人々は、米を「投機的取引」の対象にするなど猛反対だろうが、「米を守る」という人々はいったい何を守ろうとしているのだろうか。いっそのこと「米を活かす」というほうに転換できないのだろうか。話が小説から逸れてしまった。
 この小説では勿論、このような現在の米と政治に関することは出てこない。しかし、 貫かれているのは、大金を手にしようと損を出そうと、正当な商売による結果だという点である。

 この作者の本はこれまで読んだことがなかったが(小説をほとんど読まないからでもあるが)、他の本も読んでみようかと思う。

 大坂/大阪での出世物語ということで、かつての花登筐の『どてらい男』を思い出した。さて、今の大阪で夢を描いて成長する物語を作ることができるだろうか。
 首長が変わった今後の大阪に期待。

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山田真哉 経営者・平清盛の失敗~平家滅亡の経済学

 現代ビジネスに連載されたものだが、楽しく読ませていただいた。その内容を改訂増補して出版されるようだ。

 書店をうろついていると平清盛に関する本が多く出回っている。なにやら来年の大河ドラマの主人公らしい。ほとんど大河ドラマというものを観ないので、書店でいくつかの本が出回っているまで、そんなことすら知らなかった。
 で、何か新しいというか俗受けしそうな表現を使いたがるどっかの国立大学の中世史の研究者の本やらあれこれをさらっと見ていたが、どれもこれもありきたりの内容に終始しているように思う。過去の事跡はいつ・誰が・どこで・何を・どうしたということまでは分かることも多いので、これらの本もそれらを時系列的に記しているが、「なぜ」という点については、直接史料に記されている場合がまず無いために、学者は記すことが難しいということが多々ある。しかし、その「なぜ」が面白いのだ。

 平清盛に関しては、「なぜ武家としては初めて政権を占めていったのか」「そしてなぜ一気に平家は滅んだのか」という『平家物語』から続く一代の栄華が気になるところだ。
 その点に関しては、保元・平治の乱から源平合戦まで、武家であることを機軸に記されているものばかりだ。簡単に言ってしまえば戦いに勝ち、戦いに敗れたからであるとする。さらには、清盛皇胤説なんてものをそれらしく書いているものもあったりする。

 山田氏の観点はそうではない。宋銭に着目し、さらに当時記された「銭の病」という言葉(それは社会事象であった)に着目して話を展開する。その点非常に面白かった。そしてまた、それは類推によるものであり史実として確認可能な史料が不明であるために学者には書くことができないものであるとも思える(たとえ学者にマクロ経済学の理解があったとしても)。読み進めるにつれてなるほどなぁと思わせる内容だった。平清盛に関する読み物としては、高校日本史程度の基礎知識があれば、本書が一番面白いのではないだろうか。

 Webでの連載であったが、本としての出版に当たり、改訂増補されるという。連載ものとして、次に期待を持たせる書き方と冗長性(前回のおさらい的な部分)の改善と、全体としてエッセンスに絞った内容なので、周辺知識の充実などがあればより良いかと思う。

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2011年11月15日 (火)

落語研究会 桂吉朝 全集

 もう七回忌。吉朝亡き後に米朝師は「同志やった」と話した。

 このDVDはTBSの落語研究会での収録をまとめたセットで、14席が収められている。まだ全てを観たわけではないが、本当に良いものを出してくれたと思う。
 米朝の一番の後継者と目された吉朝の、まさに良い映像が収録されている。東京であることと、テレビの収録であること、そして東京のホール落語の周辺にいる「うるさい人々」などの条件から、吉朝のいちびり加減を抑えた正統的に演じた落語という意味で、良い映像だと思う。逆に言えば、吉朝の本領発揮的ないちびり、つまりお遊び的な要素は少ないと言えるが、その分楷書的な、米朝落語を崩さない内容である。

 とは言え、ここに収録されている多くは、名演であり、お手本として残っていくものだと思う。「たちきり」は、映像として今販売されているものの中では最上クラスだ。お母はんの独白部分は「特選 米朝落語全集」のそれをしのぐほど。ただ、落ちの後の、聴いている側の頭の後ろからスーッと血が下がっていくような感覚は、米朝の方が上回る。それほど、「同志やった」と言われるほどに師弟拮抗したレベルにあるものだと思う。
 「狐芝居」は新作だが私の好きな噺で、これもなかなか良い。

 ただ、少し難点を書くと、客席の反応が全体的に薄いというか、お上品なのか、客席との相乗効果的なノリがなく、上方の演者には少し物足りなかったのではないかと思えるし、観ていてもそこが物足りなく感じる。上にも書いたような条件であることから、これはTBSの落語研究会全般に言えることなのかもしれない。そういう意味で、お手本的で、楷書的で、名演ではあるのだが、際どいまでの笑いを狙ったような、吉朝の最上のものではないかもしれない(尤も、観る人によってはそういうものは名演ではないというかもしれないが)。
 それらも含めて、おそらくは読売テレビに残されている紅梅亭の映像のDVD化を望みます。

 吉朝の師米朝を「皮肉な笑い」を好むと評したのは戸田学氏だが、その部分を濃厚に受け継いだのが吉朝だったと思う。どんどん型を変えていく枝雀に対して、「せやからワシは崩して演れん」と言っていた米朝師にとっては、この枝雀と吉朝の二人が両輪として後継の中心にと思っていたことと思う。
 今も、吉朝、枝雀、春蝶、松葉、小染と存命であれば、と思う。

落語研究会 桂吉朝 全集 [DVD] 落語研究会 桂吉朝 全集 [DVD]

販売元:EMI MUSIC JAPAN
発売日:2011/11/09
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戸田学 随筆 上方落語の四天王

 上方の落語会で四天王と言われた松鶴、米朝、文枝、春団治についての随筆等をまとめた本。この本向けに書き下ろしたものではなく、これまでに書かれた文章を集めたものとなっているので、四天王についての記述内容についてはそれぞれ濃淡がある。著者が最も触れる機会が多かったであろう米朝の記述が充実し、また最初に挙げられている。そして、米朝師本人から伺った内容として記されている部分には、なるほどなという記述もいくつか見られる。そして、米朝師は実は「皮肉な笑い」を好む点を記述した点は、著者の観点に納得した。シニカルななどと誰もが感じながら、ややもすれば悪評と受け取られかねないことを、特長として記している点は、やはりそうかと同意してしまう。
 また、米朝師については代表的な演目についての文章も良く書かれているが、「卯の日詣り」についての記述に印象が残る。

 本書のタイトルは四天王としながらも、実は米朝についての記述の次に内容が充実しているのが、古今亭志ん朝である。構成は四天王+1ながら、最後に登場する志ん朝についての記述が著者の気が最も入っているようである。そのため、先頭から順次読んでいった読後感と本書のタイトルのギャップを少なからず感じてしまった。その点、もう少し米朝以外の四天王の記述を充実させて欲しかった。

 とは言え、上方の落語について、落語論を含んだこういう本が出版されることは良いことである。四天王以外についての続編も望む。

随筆 上方落語の四天王――松鶴・米朝・文枝・春団治 随筆 上方落語の四天王――松鶴・米朝・文枝・春団治

著者:戸田 学
販売元:岩波書店
Amazon.co.jpで詳細を確認する

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2011年10月 7日 (金)

小沢一郎民主党元代表、腰痛訴え救急搬送

 6日午後11時過ぎ、東京都世田谷区の小沢一郎民主党元代表(69)宅で、小沢元代表が腰痛を訴え、救急搬送された。
 警視庁によると、意識はあり、命に別条はないという。
(2011年10月7日00時18分  読売新聞)

 速攻だな。
 限りなく黒くても無罪にしてしまう弁護し雇って、法廷では天に唾するようなことばかり吐いて、即入院。これも計画通り?

 ジョブズの代わりに、、、ぶつぶつ、、、。

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2011年10月 2日 (日)

Rival Sons / Pressure and Time

1. All Over the Road
2. Young Love
3. Pressure and Time
4. Only One
5. Get Mine
6. Burn Down Los Angeles
7. Save Me
8. Gypsy Heart
9. White Noise
10. Face of Light

2011/7/26 (US)

Pressure & Time Pressure & Time

アーティスト:Rival Sons
販売元:Earache Records
発売日:2011/07/26
Amazon.co.jpで詳細を確認する

 Zep好きなら結構いけるんじゃないかな。ヴォーカルも結構ロバート・プラントしてるし。
 70年代前半のブリティッシュ・ハードのテイストにアメリカの泥臭さを少し加味したような音。
 最近のはやたらとアップビートでドラムを叩きまくり、全弦かき鳴らすだけのギターばかりでなんてお嘆きの貴兄にお勧めといったところ。

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Superheavy / Superheavy

1. Superheavy
2. Unbelievable
3. Miracle Worker
4. Energy
5. Satyameva Jayathe
6. One Day One Night
7. Never Gonna Change
8. Beautiful People
9. Rock Me Gently
10. I Can't Take It No More
11. I Don't Mind
12. World Keeps Turning
13. Mahiya
14. Warring People
15. Common Ground
16. Hey Captain

2011/9/20

Superheavy Superheavy

アーティスト:Superheavy
販売元:Republic
発売日:2011/09/20
Amazon.co.jpで詳細を確認する

『ミック・ジャガーの思い描いた“音の理想郷”、ついに実現!話題騒然!』
なんてよくも書いたもんだ。ま、宣伝がお仕事だから仕方がないんだろうけど、もしかしたら聴かずに書いたな、このコピー。

 はっきり言ってミックに期待して手を出してはいけません。ましてやストーンズをや。エスニック風ごった煮料理が、口にした素材によって味わいが変わり、全体として美味いのかどうか分からなくなるような、そしてその後口にしないような、そんな喩えがいいのかもしれない。
 このCDのエスニック風とは、無国籍アフリカン風にインドが混じったような、決してレゲエではないようなもので、これが『ミック・ジャガーの思い描いた“音の理想郷”』とは信じたくないものです。

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2011年9月22日 (木)

らくご絵手帖  絵でみる落語と江戸の暮らし

 なんだいこりゃ。帯を見ると「人情豊かな落語の世界と江戸の町人の暮らしを時代物イラストで再現」ってあるな。江戸時代の町人の暮らしなんてぇものは、今となってはその時代から伝わってる江戸落語で味わおうってもんだが、江戸時代の町人が楽しんだ噺を今のこの二十一世紀に味わえるっていうのも、落語の良さだぁね。そりゃ滅法界いいもんだよ。どれどれ、どんな噺が載ってんだい。

 なんだいこりゃ、いっち先に載ってんのが「時そば」かい。たまげたね。こりゃ三代目の小さんが明治の終わりごろか大正に上方の「時うどん」をこっちにもってきたもんだよ。江戸の町人が聞いたこともない噺だよ。ずいぶんとひどいもんだねぇ。
 お次は「初天神」かい。これもまた随分だねぇ。これも上方の噺家だった三代目の圓馬が大正時代にこっちに広めた噺じゃないか。前に上方の六代目松鶴さんがやってんのを聴いたが、ありゃ良かったよ。本当にいい噺だよ。いい噺には違ぇねぇが、江戸の町人はこの噺を知らないんだよ。今じゃ柳家の連中がよくかけてるが、たいしたことねぇなぁ。枕ばかり長いのや、子供があざとすぎる下手糞なんかで、それなら南光の方が愛嬌と情があって面白いよ。それよりも時代が違わしねぇかい。江戸時代の噺かい。こちとら素人と思ってなめてんじゃないのかい、この本は。

 「たがや」とか、圓朝作のも入ってるよ。圓朝作だから、もう明治になってから聞いたって人の方が多いかも知れねぇが、それでも江戸時代を知っている人が拵えて、江戸時代からの町人が聞いたんだ、よしとしようか。

 どれどれ、最後に「崇徳院」ときたか。なんだいこりゃ。これも上方の噺じゃないか。確か上方から来た二代目の三木助のを三代目がやったんだから、東京ではもう昭和に入ってからだ。ひょっとすると戦後じゃねぇのかい。こんなの昔の寄席で聞いたことねぇや。それにこれも江戸時代の噺じゃないだろう。

 こちとら江戸時代から今も東京に伝わっている噺を聞いて、江戸の情緒を味わいたいのでぇ。上方の噺も面白いよ。でも上方の噺は上方の落語家がいっち良いもんでぇ。東京の噺家はもっと江戸の噺で勝負しろって思うよ。江戸の噺は東京の噺家じゃなきゃ、やっぱ味が出ないよ。東京の噺家が上方の噺で商売してもいいよ。でもそれを江戸時代からの江戸の噺みたいに客を騙すのはいけねぇ。そんな商売しちゃ江戸っ子が泣くよ。
 こんな本出しやがるやつの了見が知れねぇや。落語を知らない人を担いで金を頂こうって魂胆かい。江戸っ子ってもんを分かっちゃいねぇな。これまでも、江戸時代の江戸になかった噺をもってきて江戸時代を案内なんて類の本がいくつもあったが、もうそろそろそういう商売やめにしないかい。
 ありゃありゃ、なにやら監修者に三遊亭なんて名前が書いてあるよ。落ちたもんだねぇ。こいつぁ何者だい。円楽か円丈か誰かの弟子かい。聞いたこともないね。

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2011年9月13日 (火)

憂歌団 / 憂歌団

1.嫌んなった
2.シカゴ・バウンド
3.ちょいとそこ行くネエチャン
4.キイ・トゥ・ザ・ハイウェイ
5.ドツボ節
6.シャッ・シャッ・シャ・ビ・ダ
7.おそうじオバチャン
8.ひとり暮し
9.カインド・ハーテッド・ウーマン
10.シェリー・ロール・ベイカー・ブルース
11.はんか街のはんぱ女
12.グッバイ・ベイビー

1975/11/01 (JP)

 しのごの言わずに聴いてみろ。

 憂歌団はまさにそれで良いとも思う。
 このアルバムを、まずは聴け、と。それで合わなかったら、憂歌団とは縁がなかったと思えば良い。
 但し、君がもしまだ若いという自覚があるのなら、そういう自覚が薄れてから再度聴いてみても良い。逆に、あなたがもう既に若いなんて言ってられないのなら、やはり縁がなかったのでしょう。

 さて、しのごの言わずなどと書きながら、やはりしのごの書きたいのである。

 憂歌団のアルバム・デビューはこのアルバムだが、それ以前のステージでのキャリアが数年ある。そして1970年代中盤に京都を中心にブルース・ブームが起き、メジャー・デビューとなる。同時期に、京都の磔磔、拾得、京大西部講堂などで、ウェスト・ロード・ブルース・バンドや上田正樹とサウス・トゥ・サウスの名前と共に、憂歌団もそのブームの中心にいた。その中でも憂歌団はアコースティック・サウンドで、しかもオリジナルよりも様々な曲をコピーして、英語で歌っていた。この模様は後に発表された『Blues 1973-1975』でうかがい知ることができるが、アルバム製作に当たっては日本語でという、どちらかと言うと製作側、販売側の意向により、イエロー・ブルースの代表とも言える憂歌団の音が出来上がることとなった。

 このアルバムは、何と言ってもまずはオープニングである。
 いきなりである。
 アコースティック・ギターのイントロの4小節目が終わる頃、木村秀勝(本名。現在は木村充揮と名乗っている)の声で「嫌んなった~」で、ガツンと来る。それだけでもう憂歌団の世界にどっぷり引きずりこまれてしまう。

 憂歌団はある意味奇跡のバンドである。
 ブルーズにどっぷりのギターの内田勘太郎と天性のダミ声木村秀勝は高校の同じクラスで、その二人が組んで憂歌団が始まった。同じ高校というよりも、小学校からの知り合いという関係だし、後で合流するベースの花岡憲治も同じ高校、ドラムの島田和夫もごく近所と、言ってみればごく限られた町内の、しかも同じ銭湯を利用していたというような同級生が集まって、そしてメンバー・チェンジもせずにプロとしてアルバムを何枚も出し、1999年の活動休止まで活動してきた。さらには基本的に自分の生まれ育った街をそのまま生活の場として過ごしてきたという点でも奇跡的だ。
 このアルバムが出た当時、恐らくはアコースティックという分類をするとフォークが主流だっただろうし、憂歌団なんてすごくマイナーな存在だったのだろう。私はその後いつの頃からか憂歌団という名を知るが、音を聴くよりも先に写真で見たアコースティック・バンドの姿から勝手にフォークかという先入観を持ってしまい、おまけにブルーズといってもあまりよく知らなかったために、憂歌団の音を聴くにはさらに数年かかってしまった。後から思えばブルーズに対する誤解もあり、それが悔やまれる所である。つまり、ブルーズと言っても日本で触れることが多い「ブルース」というものの一端しか知らなかったことで、つまらない音楽だと思ってしまっていたのだ。ブルースの女王と呼ばれた淡谷のり子の歌は確かに素晴らしかったのだろうが、親父の世代の懐メロ以上に古い歌だし、後は「受験生のブルース」だとかの「○○のブルース」といった類のカスのようなフォーク・ソングが、ブルースとはつまらない音楽だという先入観を植え付けてくれた。

 確かに、ロックの洗礼を受けた子供にとっては、「シカゴ・バウンド」を聴いた所で「眠い」と言ってしまったかもしれない。
 とは言え、やはり今でもこのアルバムの冒頭の「嫌んなった」と「シカゴ・バウンド」は憂歌団らしい代表曲で、今でもたまに聴きたくなってしまう。白人によるホワイト・ブルーズがあるとして、日本人によるイエロー・ブルーズが誕生したとしたら、それこそこの2曲もその重要な位置を占めるだろう。

 とは言え表面的には「シカゴ・バウンド」はあくまでもブルーズに傾倒する日本人によるイマジネーションの曲ではある。しかし舞台にはシカゴに職を求めて流れ着いた黒人が登場しているが、それは単にその姿に仮託しているに過ぎない。心情的には日本人でも黒人でも関係ないものだ。そしてこんな曲を歌えるヴォーカルが憂歌団にいたということが素晴らしい。

 この曲は「盲のレモンも死んじまったし」という歌詞がある。今となってはこの歌詞が紹介される際には「レモンも死んじまったし」となっていることがほとんどで、後に出されたベスト盤の中にはライブ音源から「盲の」の部分が聴こえないようにしたものまである。
 果たしてそれでいいのだろうかと、やはり思ってしまう。
 この部分は初期ブルーズのブライド・レモン・ジェファースンを指している。彼を親しみもこめて呼ぶ場合の "Blind Lemon" を日本語にすれば、「盲のレモン」でないとそぐわない。別に差別したり侮辱するという感情は一切ない表現として。

 それにしてもブルーズ・マンには、特に古いブルーズ・マンには盲目の人が多い。ブラインド某と名乗るのは何人もいるし、ブラインドが名前に付かないジョン・エスティス(スリーピーが付く)もいる。さらにはレイ・チャールズやスティーヴィー・ワンダーも続く。そこにはアメリカの黒人社会では目が見えなくなると農場でも働けなくなるし、歌の他に生きる糧がないという現状もあったのだろう。しかしジョン・エスティスのように忘れ去られて数十年後にかつてのブルーズ・マンとして世間に「再発見」された時には、すごい貧窮の中にいたという。また、統計情報を見たわけでもないが、黒人の方が失明する確率が高い環境の中に過ごしていたのだろう。ブルーズについて考えるとしたら、その辺りもしっかりと見ていく必要がある。

 こんなことをしのごのと書きながら、やはりこのアルバムはふとこの2曲を聴きたくなって思い出したように手に取ることがある。そしてそのまま最後まで聴いてしまう。後に続く曲も結構良いのだ。
 その中でも、笑福亭仁鶴師匠の「おばちゃんのブルース」をベースとした「おそうじオバチャン」は憂歌団のデビュー曲としてシングル・カットされたが、1週間で放送禁止曲に指定されたという。それに対して彼らは「お政治オバチャン」という曲も作っているが、ライヴでは「おそうじオバチャン」は演ったとしても「お政治オバチャン」は演らなかった。関わるのが面倒なのかもしれないが、今でも「お政治オバチャン」にぴったりな時代遅れなオバチャンが頭の中に浮かんでくるのが面白い。

 それにしても、と思うのだ。どうして関西にブルーズが多いのか。かつてはこの憂歌団だけでなく、サウス・トゥ・サウスやウェスト・ロードの系譜を引く人たちをはじめ、三井はんと大村はんや、果ては犬井ヒロシに至るまで、関西はブルーズ密度が非常に高い。その理由探索は、また何かの機会にと思いつつも、これだというきっかけがつかめないままでいる。

(Music Review より転載)

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KISS / ALIVE II 邦題:キッス『アライヴII』

Disc 1
1.Detroit Rock City
2.King Of The Night Time World
3.Ladie's Room
4.Makin' Love
5.Love Gun
6.Calling Dr. Love
7.Christine Sixteen
8.Shock Me
9.Hard Luck Woman
10.Tomorrow And Tonight

Disc 2
1.I Stole Your Love
2.Beth
3.God Of Thunder
4.I Want You
5.Shout It Out Loud
6.All-American Man
7.Rockin' In The U.S.A.
8.Larger Than Life
9.Rocket Ride
10.Any Way You Want It

1977/10/14 (US)
邦題:キッス『アライヴII』

アライヴII アライヴII

アーティスト:KISS
販売元:USMジャパン
発売日:2011/10/12
Amazon.co.jpで詳細を確認する

 70年代後半、Queen, Kiss, Aerosmith がロック御三家と呼ばれていた。人気もその順番か。当時洋楽を聞き始めたばかりの少年達は、まずは御三家を聴いて、Beatles という必須科目を修得し、大御所の Rolling Stones や、全盛期を過ぎたとは言え、Led Zeppelin や Deep Purple を追いかけていた。70年代前半の多少複雑な音に比べて、70年代後半はポップで耳当たりの良い音楽の方が主流になっていった。一般受けするのは Carpenters に Olivia Newron-John で、女の子は Bay City Rollers を始めとする Candy Pop に夢中で、その境界線近くに Queen がいた。後は Disco だ。そんな空気を打破したのが Punk という時代だった。

 76年終わりに Bay City Rollers が来日し、女の子達が泣くは喚くは失神するはでとんでもない状況を見てしまった後に、"Hard Luck Woman" を聴きながら待ちに待った KISS が77年2~3月に来日する。コンサートには行けなかったので、当然ながらNHKの Young Music Show にかぶりつきで観る。見逃してなるものかと瞬きすらもしないくらいにかぶりつきだった。年末の再放送ももちろんかぶりつき。ビデオなんてなかったので、頭に焼き付けるしかない。音は、テレビの前にラジカセを置いて録った。

 先日この Young Music Show が放送された。今はPCで録画できてしまう。

 デビュー以来半年に1枚ペースでアルバムを出してきた KISS は、3枚出した後にライブ盤の "ALIVE" を出す。その後2枚出して初来日。もう1枚出した後に、この "ALIVE II" を出した。思うに来日からこの "ALIVE II" を出す頃が全盛期だったのではないか。"ALIVE" と並んでこの "ALIVE II" も KISS のライブバンドとしての本領発揮満点で、スタジオ盤よりも素晴らしい仕上がりに思えるほどの出来栄えである。

 そんなライブアルバムが、KISS の来日と、その後の "Love Gun" のドラミングに打ち負かされていた中で発売される。何しろ、洋楽の扉を開けた少年にとっては、聴かなければいけないレコードが多すぎた。しかし2500円もするLPをほいほい買うわけにもいかない。おまけにこれは2枚組みで4000円だ。しかし思い切って買ってしまった。
 当時はレコードを買うとそれが友達の間で行き交った。お互いに貸し合ってテープに録るのだ。洋楽は少数派とは言え、そういうつながりで友達関係が形成されていた。
 "ALIVE II" はその中でも目玉商品だった。レコードの貸し借り持ちつ持たれつの間柄の友達だけでなく、普段話もしないようなやつからも引き合いがあった。それで新たな友好関係が出来れば、それはそれで良いのである。そんな中、これまでまるで話したこともないし、これからもあまり仲良くなれないような、粗暴な印象の奴から引き合いがあった。嫌ではあったが断る理由がない。案の定、ジャケットがボロくなって却ってきた。やっぱり選ぶべきなのかと思った。

 KISS のストレートでノリが良く、ちょっとポップな音楽と、正体不明(何しろ Ace 日本人説まであった)だが際立ったキャラクターと火と煙に包まれたステージは、中学生にはうってつけだった。掃除の時間に箒を持って真似する奴はいるは、ギターをコピーするは、歌詞を訳して興奮するはと、当時どこの中学校でもそんな連中がいたのではないか。そんな中、授業が始まると、この "ALIVE II" の "Detroit, Rock City" から始まり、授業内容も関係なく頭の中でこのアルバムを再生している奴がいた。惜しいことにこのアルバムは2枚組みなので、"God Of Thunder" の Peter のドラムソロの辺りでチャイムが鳴ってしまうのだ。

 "ALIVE" がそれまでの3枚のアルバムからの選曲であるため、重複なしで "ALIVE II" はそれ以降の3枚のアルバムからの選曲となっているが、当時のライブはもちろん "ALIVE" に収録されている曲もプレイされていた。従って、"ALIVE II" では2枚組みの内1枚半がライブ盤となり、最後にスタジオ録音の新曲5曲が追加された。
 KISS おなじみの "The hottest band of the world. KIIIIISS" から始まり、怒涛の如くステージが進む。どの曲もはずすことが出来ないくらいで、ロックの中のライブ名盤を選ぶとしたら "ALIVE" と共にこの "ALIVE II" もはずせないだろうし、KISS を聴くならまずはこの2枚のライブアルバムをお薦めしたい。
 その分最後のスタジオ録音部分が異質な感じもするが、Ace の名曲となった "Rocket Ride" は必聴だ。

(Music Review より転載)

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中山康樹 『伝説のロック・ライヴ名盤50』

 著者はこれまでの類書と同様、どのようなことを想起して本書を記したのだろうか。いつもながら良く分からない。
 自分はこういうのも聴いているんだぞという自己顕示欲を満たすためなのか、読者に共感を得るためか、それとも初心者に優しくガイドしようという気があるのか、編集者の意向を受けてやむなくなのか、それらが綯い交ぜになっているのか。

 名盤50は選者によってまるで違うものになる。とは言えこのような文庫本で出すには、それなりに広い読者に受け入れられるようにするための苦心が必要なのだろう。と書きながら本書を読んでいる時を思い返してみると、本書(及び類書)にはその苦心の後よりも、著者の自己満足なりが勝っているように思う。
 いつものことながら、ロックよりもジャズの方が断然上位にあると思っているであろう著者は、ジャズがらみを大きな選考基準にしていると思える。その次がアメリカンであり、フォーキーであることだ。だからブリティッシュ好みの読者にはいつもながら違和感がある。さらには著者にとっては、70年頃までが得意であって、それ以降はどうでもいいのかもしれない。

 好みの違いもあれ、多くの読者に向けてはという視点では以下のようなラインアップを入れて欲しいとも思った(それで50以上になってもいいではないか)。
 Led Zeppelin "Song Remains The Same"
 Kiss "Alive" or "Alive II"
 David Bowie "Stage"
 Queen "Live Killers" or "Wembley"
 Wings "Over America"
 Peter Frampton "Comes Alive"
 他にも Eric Clapton や Aerosmith, Coldplay, John Lennon などからもセレクトされても良いし、案外 Blues Brothers なども良い。少なくともエルヴィスのショーやフォークのアルバムを取り上げるくらいなら。
 ただそういう(たぶん著者にとっては)「陳腐」なものよりも、ちょっとはずしたアルバムを取り上げて、ムフっと微笑みたいのだろうな。でもそれだったら、フリートウッド・マックはボストンでのライヴを取り上げた方が良かったのではないかなと思う。

伝説のロック・ライヴ名盤50 (講談社文庫) 伝説のロック・ライヴ名盤50 (講談社文庫)

著者:中山 康樹
販売元:講談社
発売日:2011/08/12
Amazon.co.jpで詳細を確認する

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2011年8月24日 (水)

Velvet Underground & Nico 邦題:ヴェルヴェット・アンダーグランド・アンド・ニコ

1.Sunday Morning
2.I'm Waiting for the Man
3.Femme Fatale
4.Venus in Furs
5.Run Run Run
6.All Tomorrow's Parties
7.Heroin
8.There She Goes Again
9.I'll Be Your Mirror
10.Black Angel's Death Song
11.European Son

1967/03 (US)
邦題:ヴェルヴェット・アンダーグランド・アンド・ニコ

Velvet Underground & Nico Velvet Underground & Nico

アーティスト:The Velvet Underground
販売元:A&M
発売日:1996/05/07
Amazon.co.jpで詳細を確認する

 「ジャケット買い」という言葉がある。レコード、CDを、内容を知らず(聞かず)にそのジャケットを見ただけで買うことをいう。もしかしたら世界で最もジャケット買いされたのが、このアルバムかもしれないと思ったりもする。Beatles の "Sgt. Peppers'"もそうじゃないかと指摘されそうだが、Beatles の音をまるで知らずに "Sgt. Peppers'"を買った人は、少ないだろう。
 このアルバムのジャケットは、音の数倍有名だ。Andy Warhol の代表作のひとつだろう。と言うか、このアルバムは Andy Warhol のアルバムだと言っても差し支えない。Andy Warhol が「肝煎り」で製作したアルバムで、Velvet Underground の面々は世に出た。Nico というオマケ付きで。もし、Andy Warhol の「肝煎り」でなかったら、Velvet Underground の名も、Lou Reed も、世にそれほど知られなかったかもしれない。

 とは言え、発売当時さほど売れた訳でもないらしい。が、いまだに注目を浴び続けていることは間違いなく、US の Rolling Stone 誌が選ぶロックアルバム500枚の14位にランクインしている。何でもかんでも Led Zeppelin を機軸に Rock を語る性癖が付いている渋谷陽一氏は、その特集号である「SIGHT」で「Led Zeppelin ですら28位なのに」と嘆いていたが、発売当時満足にチャートにすら入らなかったアルバムが、このような高評価を与えられること自体、簡単に理解できることではない。ただ、その理由のかなり多くの部分は、 気になるジャケット、どんな音楽だろう、、、という想い= Andy Warhol のマジックがじわりじわりと効いているのではないかと思ってしまうのだ。

 はっきり言って今さら、わざわざ聴くほどのアルバムではない。もしロック史の授業があれば、60年代後半の一時代を知るための資料としては必須ではあるが、今聴いても時代を感じるだけである。ここで言う「時代を感じる」とは、古臭く聞こえると言い換えても意味の差はない。Lou Reed は最初から暗いやつだし(物静かな詩人と言い換える場合もあるかも)、Nico も当時は新鮮だったんだろうなと思わせるぐらいである。ただ、それを錯覚すると、「スゴイモノ」のような印象を心の中に残してしまう。

 Nico というドイツから来た年齢不詳の「翔んでる」女性は、何かと話題と兄弟関係をロック界に振りまいて、あっけなく逝ってしまった(らしい)。どんな女性だったかよく知らないので、どんな魅力があったかも分からないが、スペインの島で買い物に行く途中の自転車の運転中に脳出血で死んだそうだ。ハシシを買いに行く途中だったらしい。結局はクスリで寿命を縮めたのだが、ダイレクトにクスリで死ぬよりはちょっと情けない、あるいはどことなくあどけない死に方かもしれない(Janis に比べれば)。

(Music Review より転載)

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広瀬和生 『落語評論はなぜ役に立たないのか』

 東京には定席の寄席が上野、浅草、新宿、池袋と4軒あるらしい。
 私は東京に住んでそれなりの年数が経つが、そのいずれにも行ったことがない。どういうところかなと気になることは少しぐらいはあったのだが、本書を読んで、決定的に行く気が無くなった。

 なぜ東京の落語は面白くないのか。その答えのひとつが本書の中にある。

 結局は非常に狭い世界だけで終始しているのだ。
 かつての名人と協会だけを正流としている御仁達に対する不平不満を著者は書き並べるが、所詮立川流も含めた東京の落語だけしか眼中に無いのだ。小さな村で川の東側と西側で言い合いしているようなものだ。東京の落語の周辺で偉そうな顔をしている連中は、そんだけの世界で生きているようだ。

 従来どおり、なるべく東京の噺家が出ない上方落語の会を東京で探して、それを聴きに行った方が有意義なようだ。

落語評論はなぜ役に立たないのか (光文社新書) 落語評論はなぜ役に立たないのか (光文社新書)

著者:広瀬和生
販売元:光文社
発売日:2011/03/17
Amazon.co.jpで詳細を確認する

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2011年8月22日 (月)

Sadistic Mika Band / 黒船 邦題:サディスティック・ミカ・バンド『黒船』

1.墨絵の国へ
2.何かが海をやってくる(インストゥルメンタル)
3.タイムマシンにおねがい
4.黒船(嘉永六年六月二日)(インストゥルメンタル)
5.黒船(嘉永六年六月三日)(インストゥルメンタル)
6.黒船(嘉永六年六月四日)(インストゥルメンタル)
7.よろしくどうぞ(インストゥルメンタル)
8.どんたく
9.四季頌歌
10.塀までひとっとび
11.颱風歌
12.さようなら

1974/11/05
邦題:サディスティック・ミカ・バンド『黒船』

黒船 黒船

アーティスト:サディスティック・ミカ・バンド
販売元:EMIミュージック・ジャパン
発売日:2006/08/23
Amazon.co.jpで詳細を確認する

 ロックファンというのは、自由だ愛だといった歌をしょっちゅう聴いているくせに案外保守的な姿勢を持つ人も少なくない。曰く、日本の曲はねぇ、とか、女はねぇ、とか。ロック聴いてて偏見持つってなんか皮肉。聴いたけど合わない、自分にはどうも合わない、というのなら分かるけど、ロックに食わず嫌いならぬ聴かず嫌いは似合わないと思う。
 それはともかく、日本のロックアルバムの中からベストアルバムを選ぶとなると、「黒船」は必ず入るな。まず何を差し置いても「黒船」。後は意見が違っても、まずは「黒船」。寿司屋で最初に白身を口にするように、最初にラーメンのスープを確かめるように、お作法のようなもんだと思う。

 '70年代前半、日本語ロック論争なるものがあったそうだ。はっぴいえんどが日本語で歌ったことに対して、内田裕也からロックは英語で歌うものだという意見があり、喧々諤々あったそうだ。
 その話を最初に聞いた時、実は私、笑ってしまいました。"Johnny B Good" を「あいつがお~れに言うことにゃ~」なんて歌ってしまう下品なオヤジが「ロックは英語で」なんて言ってたなんて、ほんまでっか? うっそー、嘘ちゃうんのん! 人を笑わすにもほどがある。
 ま、これ以上ははっぴいえんどで触れる話題かもしれないので、深くは触れないとして、そんな論争を知ってか知らずか吹き飛ばしたバンドの一つが、サディスティック・ミカ・バンドだ。そして同時期に、一緒にツアーをしたこともあるキャロルだ。内田裕也はキャロルに言わなかったのかなぁ、「英語で歌え」って。同時期に日本語でプログレもってことを実証した四人囃子もいた。グダグタ言うよりやってみろってことか。英語でも何語でも関係ないのだ。ロックは英語でなんて偏見がここにもあった。

 ミカ・バンドはトノバンこと加藤和彦がイギリスで見てきた、影響を受けたことをベースに、やってみたいことをやったようなバンドだった。"Sticky Fingers" あたりの Rolling Stones や 当時流行のグラム(T. Rex や David Bowie)の影がちらほらと見える。それはファースト・アルバムに顕著だが、セカンド・アルバムとなるこの「黒船」は、プロデューサーに Chris Thomas を招いて作成された。Beatles の "The Beatles"(いわゆる "White Album")で苦労した当時気鋭のプロデューサーだった(らしい)。
 どうして「黒船」というコンセプトにしたのかは分からないが、「黒船」にまつわる幕末をテーマとしたこのアルバムは、もしかしたら英語だ日本語だあーだこーだと喚いている一部ロックの聴き手には嘉永六年(西暦1863年)に強引にも日本にやってきた黒船ほどのインパクトがあったのかもしれない(尤も、最初から聴かなかったのかもしれないが)。

 アルバムの始まりは今井裕のキーボードの音からだ。今から思えばいかにも'70年代前半の音だ。小原礼のベースが加わり、高くて細めのスタイルそのままの加藤和彦のヴォーカルが流れてきて、そしてミカと高橋幸宏の声が入ってくる。アルバムの開始を告げる「墨絵の国へ」が終わるとともにベースのリズムが一変し、高中正義のギターが流れてくる。「何かが海をやってくる」だ。ここまでがアルバムの長い導入部という構成だ。
 そして次はインパクトのあるイントロから始まる「タイムマシンにおねがい」だ。このイントロのドラムを聴くだけで、高橋幸宏のドラミングの基本パターンはこの頃既に出来上がっていた印象を受ける。ミカはスタジオで何度これを歌ったのだろうと思うほどだが、サディスティック・ミカ・バンド最高の、そして日本の女性ヴォーカル曲最高の一曲になっている。結構ピアノが良い感じである。また、終わり方がフェードアウトではなく、「タイムマーシンに~おーねがい」のリフレインが続く中で、「タイッ」と切れているのも良い選択だ。
 ここでまたインスト曲が始まるが、今度は高橋幸宏のドラムから入り、高中正義のギターがうなる。タイトルの「嘉永六年六月二日」は実際にペリーがやって来た日である。曲調が変わり人の声(うなり声や雄叫びみたいなの)が入り、翌日(嘉永六年六月三日)に移る。二日が黒船がやって来てこれから何かが起ころうとしている緊張感を伝え、三日がそれに続くてんやわんやの大騒ぎなのだろうか。ギターが、楽譜にすると16分音符と8分音符の連続で五線譜上を右上がりに進む、ネック上の左手が薬指と人差し指を主に交互にフラットを進みながらスライドしていく、といった盛り上がりの後、一変して一夜明けた後の穏やかな海を思わせる四日に移る。日本の歴史ではこの日から「日本の夜明け」に向けて大きく動き出すのだが、それをイメージしたのだろうか。大きなうねりを表現しながらアナログ盤時代のA面が終わる。

 アナログ時代のB面の始まりは何やら賑やかな「よろしくどうぞ」を前奏とした「どんたく」から始まる。開国をし、異人さん達が居留区で休日を楽しむ「どんたく」の中の「お祭り騒ぎ」に呼応した「よろしくどうぞ」から、高橋幸宏のドラムによって「どんたく」が始まる。そのイントロの特徴のある音はジーンズのジッパーをサンプリング(とは当時は言わなかっただろうが)した音らしい。「どんたく」とはオランダ語の日曜日 "Zontag" からきた言葉で、日曜日のお休みを楽しむ異人さんを見たというモチーフで楽しい曲となっている。七曜制は平安時代には日本に入っていたが定着せず、江戸時代の商店の休日は例えば2の付く日を休みにするなど、10日毎であったようだ。
 「休日はどうなってますか」
 「2の付く日が休みや」
 「ようけありまんねんな。2日、12日、20・21・22、、、」
 という花紀京のくすぐりが面白かった。

 次の「四季頌歌」は淡々と日本の四季を表現する曲だが、ここでは異人さん達に日本の四季の移り変わりの美しさを伝えようということだろうか。春の次に入る間奏は梅雨と梅雨明けを告げる雷である。
 「塀までひとっとび」はファースト・アルバムにも少し通じるようなノリの曲で、久しぶりにミカのメインヴォーカルである。歌詞にそれほど意味はないが、UKでも "Suki Suki Suki" としてシングルカットされたようだ。次の「颱風歌」は小原礼の曲で、前曲との連続になっているようでもある。かつては日本に来る異人さん達は台風シーズンをどう把握し、発生した場合はどう予測するかが、航海上大きな問題だったことだろう。
 そして加藤和彦調の「さよなら」で静かにアルバムの幕が閉じていく。

 このアルバムは "Black Ship" としてUSやUKでも発売された。今でもUS盤はファーストアルバムと合わせて選曲したCDとなって売られている(いつもUSではUKを含む外国のアーティストのアルバムは2枚のアルバムから適当に選曲して1枚にするというUS盤を出すのがお好きなようだ)。そして '75年には Roxy Music と全英ツアーを行っている。それについては "Live In London" で取り上げたいと思っているが、Sting や Japan のメンバーはかなり影響を受けたという。Police が活躍していた頃、なんか高橋幸宏みたいなドラムだなぁなんて印象を受けたことがあったが、そういうことだったのか。

(Music Review より転載)

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